退職の申し出はメールやLINEでもいいのか:民法97条の「到達」で考える
「面と向かって言える気がしない。メールで送ってしまってもいいのだろうか」。退職を決めたあと、最初に詰まるのがこの一点だという人は多いと思います。LINEで送った、電話をかけたが留守番電話だった、というところで手が止まってしまう場面もあります。
この記事では、条文が退職の申し出について「形式」を定めているのかどうかをまず確認し、そのうえで手段ごとに何が記録として残るのかを並べます。結論を先に言えば、条文が問題にしているのは形式ではなく「到達」です。
この記事は一般的な情報の整理であり、法的助言ではありません。個別の事情によって扱いは異なります。会社との間で具体的な争いが生じている場合は、弁護士など法律の専門家にご相談ください。
条文は「解約の申入れ」としか書いていない
期間の定めのない雇用について、民法627条1項はこう定めています。
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
読み返してみると、ここには「書面で」「対面で」といった形式の指定が置かれていません。 書かれているのは「解約の申入れをすることができる」ということと、その効果が「解約の申入れの日から二週間を経過することによって」生じる、ということだけです。
つまり、条文の文言上、手段を限定する定めは見当たらないと読めます。もっとも、後述するとおり会社の就業規則が手続を定めている場合がありますし、個別の事案でどう評価されるかは事情によって異なります。
効力が生じるのは「到達した時」
条文が形式を定めていない代わりに、明確に定めているのがいつ効力が生じるかです。民法97条1項がこう置いています。
意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
「到達した時から」です。送った時でも、書いた時でもありません。そして退職の申し出は、この到達日が民法627条1項の「解約の申入れの日」、つまり2週間の起算点につながっていきます。日付の数え方そのものは 退職を申し出てから何日で辞められる? にまとめました。
ここから導かれるのは、次の一点に尽きます。
条文は形式を求めていないが、争いになった時に手元に残るのは「到達した証拠」だけである。
「メールでもいいか」という問いは、正確には「メールで送った事実と、それが届いた事実を、あとから示せるか」という問いに置き換わります。
受け取りを避けられた場合の定め
もう一つ、97条には2項が置かれています。
相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。
「通常到達すべきであった時に到達したものとみなす」。受け取りを避ける行為が想定されていない条文になっているわけではない、ということです。ただし「正当な理由なく」「妨げた」にあたるかどうかの判断は個別の事情によりますので、実務としては、届いたことが後から確認できる形にしておくほうが確実です。受け取ってもらえない場面そのものは 退職届を受け取ってもらえない時 で扱っています。
手段ごとに「何が残るか」
到達の記録という観点だけで、手段を並べてみます。法的な優劣の話ではなく、あとから示せるものが何かの整理です。
| 手段 | 到達の証拠として残りやすいもの | 残りにくい点 |
|---|---|---|
| 対面で口頭 | 日時のメモ、同席者 | 内容と日付を示すものが手元に残らない |
| 電話・留守番電話 | 発信履歴、留守電の録音 | 相手が聞いた時点を示しにくい |
| メール | 送信日時、本文、送信済みフォルダ | 相手が受信・開封したかは別問題 |
| チャット・LINE | 送信日時、本文、既読の表示 | 業務用の連絡先かどうかが問題になりうる |
| 郵送・内容証明 | 差出日、記載内容、配達の記録 | 到達まで日数がかかる |
口頭で伝えた場合にあとから何を残せるかは 口頭で伝えた退職は有効か で別に扱いました。
差し出した内容と日付の両方を記録に残す方法としては、日本郵便の内容証明があります。手順は 内容証明で退職届を送る手順 にまとめています。書面そのものは 退職届の作成ツール で無料・登録不要で作れます(入力内容はブラウザ内だけで処理され、サーバーには送信されません)。
まず会社のルールを見る
条文が形式を定めていないとしても、会社側にルールが置かれていることがあります。 労働基準法89条は次のように定めています。
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。 三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
「常時十人以上」の事業場では、退職に関する事項を就業規則に定めて届け出ることとされています。ですから、送る前にまず就業規則の該当箇所を見ておくと、手続の指定(提出先・様式・予告期間)があるかどうかがわかります。厚生労働省のモデル就業規則についてでは、規則の一般的な構成を確認できます。
予告期間が民法の2週間とずれている場合の考え方は 就業規則に「1か月前」とある時 を、伝える順序は 退職を誰に、どの順番で伝えるか をご覧ください。
送ったあとに詰まったら
送ったのに反応がない、あるいは「認めない」と返された場合、こちらが持っておくべきものは説得の言葉ではなく到達の記録と日付です。そのうえで、誰が会社と話せるのかという論点になります。交渉できる相手の違いは 運営元タイプの違い で整理しています。無料の相談先としては、厚生労働省の総合労働相談コーナーがあり、予約不要・無料で専門の相談員が対応するとされています。
まとめ
- 民法627条1項は「解約の申入れ」とだけ書き、書面・対面といった形式を指定する文言は置いていない
- 一方で97条1項は、効力が生じるのは到達した時からと定めている
- したがって実務上の要点は形式ではなく、到達したことをあとから示せるかの一点
- 97条2項には、相手方が正当な理由なく到達を妨げた場合は通常到達すべきであった時に到達したものとみなすという定めがある
- 送る前に、常時10人以上の事業場に義務づけられた就業規則(労基法89条3号)で手続の指定を確認しておく
「どの手段なら正しいか」ではなく、「どの手段なら記録が残るか」で選ぶ。そう置き換えると、迷いはずいぶん小さくなります。
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退職日が決まったら給付の見通しも立てたい、と考える人もいるかもしれませんが、注意が必要です。失業給付(雇用保険の基本手当)の申請は、退職後にご本人がハローワークで行う手続きで、退職代行が代理申請することはできません。 受給の可否・金額・時期は、加入期間や離職理由などご自身の状況によって異なります。
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