退職金がない会社は違法か:労基法89条が義務づけているのは「書くこと」だけ
「同期の会社には退職金があるのに、うちには無いらしい。これは法律的に問題ないのか」。退職を考え始めると、こういう疑問が出てきます。
結論から順に置くのではなく、条文が何を義務づけているのかを先に確認します。 条文の主語と目的語を読むだけで、この問いの形はかなりはっきりします。
この記事は一般的な情報の整理であり、法的助言ではありません。個別の会社に退職手当の定めがあるかどうか、その定めがどのような内容かは、就業規則・労働契約・労働協約によって異なります。具体的な扱いは勤務先の規程や、労働局の相談窓口・社会保険労務士など専門家にご確認ください。
条文が並べているのは「就業規則に書く事項」
退職金に関する主要な条文は、労働基準法89条です。柱書と、関係する号を引きます。
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。 三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。) 三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
条文の柱書が義務づけているのは「就業規則を作成し、行政官庁に届け出」ることです。退職手当を支払うこと自体を義務づける文言は、この条文には出てきません。
そして3号の2の冒頭に置かれているのが「退職手当の定めをする場合においては」という条件節です。
| 条文の部分 | 読み取れること |
|---|---|
| 柱書 | 常時10人以上を使用する使用者は、掲げる事項を就業規則に書いて届け出る |
| 3号 | 退職に関する事項(解雇の事由を含む)は必ず書く事項 |
| 3号の2 | 退職手当は「定めをする場合においては」——定めた場合に、その内容を書く |
「定めをする場合においては」という条件が付いているという一点から、退職手当を設けること自体は法が義務づけていない、と読むことができます。逆に、定めを置いたのであれば、範囲・決定・計算・支払の方法・支払の時期を就業規則に書くことが求められる、という組み立てです。
定めがある場合は、別の条文の射程に入りうる
定めがある場合、その退職手当は労働基準法11条の賃金にあたる可能性が出てきます。
この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
「その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」という広い書き方です。賃金にあたると扱われる場合、23条や115条の枠に入ってくると読めます。
第二十三条 使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、七日以内に賃金を支払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。
第百十五条 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
ただし、退職手当の支払時期については89条3号の2が「支払の時期に関する事項」を就業規則に書くこととしているため、規程で定められた支払時期との関係がどうなるかは、条文だけからは一義的に決まりません。 個別の判断は専門家や労働局の窓口にご確認ください。
実際にどれくらいの会社に制度があるか
厚生労働省が公表している就労条件総合調査(令和5年)に、退職給付制度の有無の調査結果が載っています。
退職給付(一時金・年金)制度がある企業の割合は74.9%でした。前回にあたる平成30年調査では80.5%です。
企業規模別に見ると、差がはっきり出ています。
| 企業規模 | 退職給付制度がある企業の割合 |
|---|---|
| 1,000人以上 | 90.1% |
| 300〜999人 | 88.8% |
| 100〜299人 | 84.7% |
| 30〜99人 | 70.1% |
産業別では、最も低いのが宿泊業,飲食サービス業の42.2%、次いでサービス業(他に分類されないもの)の54.4%。最も高いのは複合サービス事業の97.9%、鉱業,採石業,砂利採取業の97.6%でした。
制度がある企業を100としたときの形態別の内訳は、退職一時金制度のみ69.0%、退職年金制度のみ9.6%、両制度併用21.4%です。
4社に1社の割合で制度が無いという数字は、「無いのは自分の会社だけではない」という事実の確認になります。同時に、規模や業種で大きく違うことも読み取れます。
自分の会社に定めがあるか確認する手順
- 就業規則を確認する。 89条3号の2の事項が書かれているかどうかが出発点です。常時10人以上の事業場では、就業規則は周知されているはずのものです。厚生労働省のモデル就業規則についてのページに、一般的な条文例が公開されています。
- 退職金規程が別冊になっていないか探す。 就業規則本体とは別に「退職金規程」として切り出されている会社があります。
- 労働条件通知書・雇用契約書を見返す。 入社時に受け取った書面に記載があることがあります。
- 中小企業退職金共済など社外の制度を使っていないか確認する。 会社が掛金を払う形の制度に加入している場合があります。
- 退職時に書面で確認する。 労働基準法22条1項は、退職に際して使用期間・業務の種類・地位・賃金・退職の事由について労働者が証明書を請求した場合、使用者は遅滞なく交付しなければならないと定めています。同条3項は「前二項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない」としており、記載してほしい事項は自分で指定する形になります。
退職時に受け取る書類の全体像は 退職時に会社から受け取る書類一覧 に、就業規則の予告期間と法律の関係は 就業規則に「1か月前」とある時 にまとめています。
規程を見せてもらえない、支払時期の説明が得られないといった場合は、厚生労働省が各都道府県労働局に設けている総合労働相談コーナーが無料の相談先になります。
まとめ
- 労働基準法89条が義務づけているのは「就業規則を作成し、行政官庁に届け出る」こと
- 退職手当は3号の2で「定めをする場合においては」と条件付きで置かれており、設けること自体を義務づける文言は無いと読める
- 定めがある場合、11条の賃金にあたるとして23条(7日以内)や115条(5年)の射程に入りうる(ただし支払時期の定めとの関係は条文だけでは決まらない)
- 厚生労働省の令和5年就労条件総合調査では、制度がある企業割合は74.9%(平成30年調査は80.5%)
- 規模別では1,000人以上が90.1%、30〜99人が70.1%。産業別で最も低いのは宿泊業,飲食サービス業の42.2%
「無い」ことと「違法である」ことは、条文の上では別の話です。まず就業規則に定めがあるかどうかを確かめるところからになります。
退職後の給付金(失業給付)について
退職金が無いぶんを給付で補えないか、と考える人もいるかもしれませんが、注意が必要です。失業給付(雇用保険の基本手当)の申請は、退職後にご本人がハローワークで行う手続きで、退職代行が代理申請することはできません。 受給の可否・金額・時期は、加入期間や離職理由などご自身の状況によって異なります。
当サイトは制度の概要や考え方を情報として紹介するにとどめ、申請の代行や受給の保証は行いません。 具体的な対象可否や手続きは、ハローワークなどの公的機関や、社会保険労務士をはじめとする専門家にご確認ください。「必ずもらえる」「受給を保証する」といった断定的な案内には十分ご注意ください。
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