退職代行を使うと懲戒解雇になる?条文で線引きを確認
「退職代行なんて使ったら、懲戒解雇にされるんじゃないか」。経歴に傷がつくかもしれないという恐怖は、損害賠償の不安と並んで退職をためらわせます。次の転職に響くと思えば、なおさら踏み切れません。
この記事は、懲戒がどういう条文の枠組みで判断されるのかを条文にあたって確かめたものです。「されません」と言い切りはしません。どこが判断の分かれ目になるのかを示します。枠組みがわかると、自分のケースがどのあたりに位置するのかが見えてきます。
この記事は一般的な情報の整理であり、法的助言ではありません。懲戒処分の有効・無効は個別の事情によって判断が分かれます。実際に懲戒を示唆された場合は、弁護士など法律の専門家にご相談ください。
懲戒を縛っている条文は労働契約法15条
懲戒処分について正面から定めているのは、労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)15条です。条文のまま引きます。
第十五条(懲戒) 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
短い条文ですが、読み取れる構造は3段階です。
- 「使用者が労働者を懲戒することができる場合において」。まず、就業規則などに懲戒の定めがあり、その事由にあたることが前提になります。定めのない事由で懲戒することは想定されていません。
- 「客観的に合理的な理由」があるか。処分する側の主観だけでは足りません。外から見て説明のつく理由が要ります。
- 「社会通念上相当」か。理由があっても、行為の重さと処分の重さが釣り合っていなければ相当性を欠きます。
これらを満たさない場合はどうなるか。「その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と明記されています。懲戒は、会社が言えばそのまま通るものではありません。有効性が問われる枠の中にあります。ここがこの条文のいちばん大事な部分です。
解雇一般についても、同法16条が同じ構造の定めを置いています。
第十六条(解雇) 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
「代行を使ったこと」自体が懲戒事由になるか
ここで冷静に見ておきたい点があります。退職代行の利用そのものを懲戒事由として書いている就業規則は、まずありません。就業規則の記載事項は労働基準法89条に列挙されています。懲戒については9号がこう書いています。
表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
つまり、懲戒の種類と程度は就業規則に定めたうえで運用するものです。定めのない行為をあとから懲戒事由に読み替えるとどうなるか。15条の「客観的に合理的な理由」という要件と正面からぶつかります。
問題になりやすいのは、代行の利用そのものではありません。その周辺で起きた事実のほうです。
- 連絡なしに出社しない日が続いた(無断欠勤)
- 貸与品を返さないまま連絡が取れない
- 業務上の情報や物品の扱いに問題があった
このうち無断欠勤については、無断欠勤と退職代行はどう違う? で扱いの違いを整理しています。退職の意思を伝えたうえで休むのか、何も伝えずに来ないのか。この二つでは位置づけがまったく変わります。
時間の前後関係が効く
もうひとつ実務的に大きいのが、退職の申し出と処分の、どちらが先かです。
期間の定めのない雇用について、民法627条1項はこう定めています。
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
申し出から2週間の経過で雇用が終了すると定められています。ですから、退職の意思表示をきちんと届けておくことは、それ自体が時間の軸をつくる行為になります。自分の申し出日が何月何日の終了になるのか。退職日の逆算カレンダー で確かめられます。民法627条の数え方と就業規則の予告日数を並べて出せます。
なお、会社側から解雇する場合には労働基準法20条1項の予告の定めがあります。
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
「懲戒解雇なら予告も予告手当も不要」と言われることがあります。ただ、条文上は但書の要件を満たすかどうかの問題です。しかも同条3項により、行政官庁の認定に関する規定が準用されています。会社が一方的に決めて完結する話ではありません。
言われた時に動ける相手は限られる
懲戒解雇を示唆された場合、対応できる相手は運営元によってはっきり分かれます。
| 運営元タイプ | 懲戒を示唆された時にできること |
|---|---|
| 民間企業 | 意思の伝達のみ。この論点には踏み込めない |
| 労働組合 | 労働条件についての団体交渉はできるが、処分の有効性を争う代理はできない |
| 弁護士 | 代理人として交渉・争訟まで対応できる |
処分の有効性を争う場面は弁護士の領域です。これは弁護士法72条による権限の線引きです。料金では代替できません。権限の全体像は 運営元タイプの違い にまとめています。
会社が退職そのものを認めないと言ってきた場合の考え方は 会社が退職を認めないと言ってきたら にあります。費用の目安は 料金相場と選び方 をご覧ください。
条文で押さえておく線引き
- 懲戒は労働契約法15条の枠の中にあり、合理的な理由と社会通念上の相当性を欠けば無効とされる
- 懲戒の種類と程度は労働基準法89条9号により就業規則に定めるもの。定めのない行為をあとから懲戒事由に読み替えるのは無理がある
- 争点になりやすいのは代行の利用そのものではなく、無断欠勤・貸与品未返却など周辺の事実
- 会社からの解雇には労働基準法20条の予告の定めがあり、例外は但書の要件次第
- 示唆された場合、処分の有効性を争えるのは弁護士だけ
不安の正体は「何をされるかわからない」ことにあります。まず条文の枠組みを知ってください。そのうえで、こちらでできること(意思表示を届ける・返却物を片づける)を先に済ませます。それだけで、輪郭ははっきりします。
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